二宮の冠番組「ニノ」さんにサンコンが登場!人生を変えた転機は?

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嵐の二宮がメインを努める「ニノさん」で、5月6日に放送された回では、「私は今、○○です!~人生を左右する運命の転機~」という企画が行われました。

山あり谷ありの波乱万丈の人生からどのように這い上がってきたのか、ゲストに尋ねるという内容です。

今回ニノさんで、黒縁めがねに黒スーツという黒づくめで登場した二宮。
「アメリカのリンカーンは、過去にこんな言葉を残しています。
何歳まで生きたかは重要ではない。いかにして生きたのかが重要だ」

と、カメラ目線でビシっと決めます。

人生のターニングポイントを語るゲストには、外国人タレントであるオスマン・サンコンが登場しました。

来日した時23歳だったサンコンは、ギニア大使館を作るために日本へやってきたエリートの外交官です。

○オスマン・サンコンが外交官を目指したきっかけは?

オスマン・サンコンが外交官を目指した理由は意外なもので、飛行機に乗るためだったそうです。
いっぱい勉強すれば飛行機に乗れるよと母親から言われ、勉学に励み、見事ギニアで一番の秀才になったといいます。

将来はギニアの大統領になるといった夢を持っていましたが、日本人の女性と結婚して子供が生まれたことによって、ギニアに戻ることは諦めたようです。
外交官を休職して日本に留まる事を決意し、人生の転機が訪れたといいます。

○「シマウマ食べてるよ」でオーディションに合格

友人に頼まれたテレビのオーディションでサンコンは、「私、いつもシマウマ食べてるよ」といって見事合格!

その後は笑っていいとも!でタモリからもらったネタが大ウケ。
お茶の間にまたたくまに広がり、バラエティタレントとして一気に年収2億円を獲得する
までに至りました。

ここで、2度目のターニングポイントが訪れます。
当時大人気番組だった「天才、たけしの元気が出るテレビ!」では、名物コーナー早朝バズーカーが原因で奥さんが家出してしまいます。
離婚、女性のスキャンダルで、一時は一文無しになりました。

そこでサポートしてくれたのが、日本人の友達。お金ないでしょ?と心配してくれ、20万もらったこともあったといいます。

今の好きな言葉は、「義理と人情」だそうです。